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花博自然環境助成事業

令和3年度助成事業 成果概要の報告

団体名(所在地) ひろしま野生動物研究グループ〔広島県〕
事業名 ノネコの行動特性の解明
事業の実施場所 広島県広島市一円
事業の実施期間 2021年4月1日~2022年3月31日
事業の概要 ノネコによる在来生態系への悪影響が世界各地で懸念されている。しかし、日本ではノネコの生態特性に関する情報は極めて乏しく、生態系への影響はほとんどわかっていない。本事業では、ノネコにGPS発信器を装着し、日本の一般的な生態系における本種の行動特性を明らかにする、国内で初めての試みを展開する。
成果の要約

ノネコ(以下,ネコ)による生態系への影響を評価するための基礎資料を得るため,ネコにGPS発信器付き首輪(以下,GPS)を装着し,本種の行動特性を検討した.
調査は,2022年4月から2023年3月にかけて,広島県広島市安佐南区および佐伯区に計20基の中型哺乳類用の箱罠を設置し,ネコの生体捕獲を行った.誘引餌には市販のキャットフードまたは唐揚げを使用した.また,ネコの誘引状況を把握するため,箱罠を設置した同場所にセンサーカメラも併せて設置した.捕獲された生体は,麻酔薬zolazepam/tiletamine(Zoletile)を10 mg/kg,注射筒を用いて筋肉内投与し,不動化した.そして,GPSを装着した後,放逐し,行動追跡を行った.
計画段階では,電池寿命が長い,単価の高いGPSを4基購入する予定だったが,コロナ禍の状況により本機種の納期が大幅に遅れる恐れが生じたため,多数個体の短期間の行動データを取得する方針に変更し,電池寿命が短く,単価が安いGPSを40基(実際には39基購入)購入することとした.その結果, GPS装着等の捕獲作業にかかる労力が増加したことから,グループ構成員のみでは実施が困難な状況に陥ったため,当初の計画を変更させて頂き,アルバイトを雇用することで対処した.その結果,現在までに延べ45個体のネコ(雄:20個体;雌:25個体)にGPSを装着することができた.
研究成果は,当初,学会等で発表する予定であったが,グループ内で複数人の新型コロナウィルス感染症の感染者が発生したことから,参加を断念せざるを得なかった.また,電池寿命が短いGPSを用いたことから,行動圏サイズや行動の季節性の評価等の解析には至っておらず,今後,さらに装着個体数を増やしていく必要がある.そのため,本研究は,貴財団からの助成期間が終了した後も継続して実施していく方針である.
現時点での解析の結果,本調査地域では,ネコの生息場所が人家周辺に偏しており,人家から500 m程度離れた場所では確認できなかった.そのため,GPSを装着できた個体は,すべて人家周辺を主の行動範囲とする個体であったことが考えられる.実際に,行動追跡の結果,ほぼすべての個体が拠点とする人家があり,そこを中心に平均して約200 m程度の範囲内でしか行動していなかった.これは,海外における放し飼いのネコの行動特性(例えば,Kays et al. 2020)と同様の傾向を示している.本グループが昨年度,貴財団から助成を受けて実施したネコの食性研究の結果では,約8割の個体がキャットフード等の人工飼料を食物としていることが明らかになっている.これらのことから,人家周辺に生息しているほとんどのネコは,人間から食物を直接的または間接的に得られる場所を有しており,そこを拠点に狭い範囲内を行動している可能性が示唆された.また,現時点では明確な解析結果は得られていないが,冬季は他の季節と比較して捕獲率が低下したとともに,GPSを装着した個体の移動距離も顕著に短くなっており,拠点に依存する傾向が強いことが考えられた.
本研究は今後も継続して実施し,行動圏サイズの推定や,その季節性等について明らかにしていく予定である.また,本研究のような居住地周辺におけるネコの行動特性について研究した事例は稀有であることから,データが蓄積でき次第,論文化を進める.
 ネコによる生態系への負の影響は,世界各地で報告されており(例えば,Dauphine and Cooper 2009;Woinarski et al. 2018),その影響は人為によるものの中で最大であることが指摘されている(Loss et al. 2013).また,日本ではネコの交通事故件数が他の動物を大幅に上回っており,大きな社会的コストを生み出している側面もある.このような状況から,ネコの行動特性をはじめとする基礎的な生態の解明は,保全学的にも社会的にも強く求められている.しかしながら,日本における野外のネコの生態に関する既往研究は,沖縄県のやんばる地域や小笠原諸島などの希少種が多数生息する特殊な生態系下における事例に留まっており(城ヶ原ら 2003;川上・益子 2008),一般的な環境下における生態研究は極めて稀有である.そのような中で本研究は,GPSを用いてネコの行動追跡を行った新規性の高い研究であり,本研究を端緒に,他地域においてもネコの生態研究が展開されていくことが期待される.

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