コスモス国際賞

　ピーター・ベルウッド博士は、主にオセアニアや東南アジアにおける新石器時代の暮らしを研究してきた考古学者である。博士は、世界的な視野で人類の移動に密接に関与する農耕の拡散の在り方を、農耕の誕生と初期農耕民の移動・拡散過程を大陸間で比較する方法で探求してきた。その主な成果として、以下の3点をあげることができる。

　まず、博士は、メラネシア島嶼部に成立したラピタ文化（BC1500-1000年）が、東方に移動して島々の多様な環境に適応変化した結果、ポリネシア文化が形成されてきた、その過程を考古学の方法から明らかにした。また、オーストロネシア語族（台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々に広がる語族）の人々が移動した軌跡を考古学、人類学、言語学などの専門家との共同研究から学際的に把握した。これらの成果を総合して、人類の拡散が、オーストロネシア語族の場合には、海洋技術の発展も関与しながら、初期食料生産者の移動・拡大に密接に関係していたことを明らかにした。

　つぎに、博士は、地球規模での農耕起源と拡散に関する地域間比較研究を行った。世界の諸地域における農耕の拡散の状況を学際的な方法で復元することによって、先史時代における初期農耕の拡大過程を地球規模で比較することに成功した。博士は農耕の拡散には人間の移動が伴っており、人の移動とともに言語も拡散していくとみることで、農耕の拡散と言語語族の拡散とをかさねあわせて考察する方法を創出した。つまり、食料生産者と言語語族の拡大の関係は、オーストロネシア語族のみではなく、世界の多くの主要な言語語族にも適応できることを示した。博士は、人の集団の移動と農耕や言語の拡散が密接にかかわる現象を「初期農耕拡散仮説」として提示した。

また、博士は、人類の島嶼部への適応過程に関する研究も行った。人類は、約130万年前にジャワに到着したホモ・エレクトスやホモ・フローレンシスから現生人類に至るまで、島嶼部にも移動して適応してきた。博士は、主として東南アジアの島嶼部における考古学・古人類学的事例を用いて、人類の島嶼部への生物的・文化的な適応過程を学際的な視点から明らかにした。また、５万年前の農耕開始以前のホモ・サピエンスの移動、および南中国からのオーストロネシア語族の人や言語の移動などにも言及している。

　このように、博士の研究はポリネシア文化の形成に関する考古学的研究を出発点にしながらも、言語学の研究と密接なかかわりを持った「初期農耕拡散仮説」を提示して、地球的な視野から人類の移動と農耕の拡散との関連を、自然と人類とのかかわり方の研究として展開してきた。

地球環境学の分野では、人類は狩猟採集社会から農耕社会に移行するにともない、定住化が進行して人口が増大し、小麦や稲などの栽培植物に従属して広大な面積の自然植生を農耕地に改変したことによって、地球環境に大きな影響を与えたといわれている。また、その結果、人間社会と野生動物との距離が近づいて新たな感染症が発生するといった現象も引き起こされている。現在、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起こり、自然と人間との関係性の見方において新たな転換期を迎えている中、ピーター・ベルウッド博士の研究は、コスモス国際賞が掲げる「自然と人間との共生」を省みる上で、その礎となる重要な業績であると評価した。