COSMOS PRIZE コスモス国際賞

1995年(第3回)受賞者



氏  名 吉良 龍夫
Kira Tatuo
生年月日 1919年12月27日
国  籍 日本
所属・役職 滋賀県顧問、前琵琶湖研究所所長、大阪市立大学名誉教授

 

授賞理由


  吉良博士の初期の研究は、戦前・戦中のミクロネシア・中国東北部の踏査経験に基づき、人類の生活環境の基盤をなす気候・植生系を全地球的な視点で体系的に区分する試みであった。その結果、世界の気候と植生の配置を統一的に理解する「生態気候区分」の新しい体系が提示され、また、日本の植生帯の気候的基礎を初めて明らかにすることに成功した。
  戦後は、高等植物の個体群の実験的研究に取り組み、個体密度や光・無機養分などの要因が個体群の成長に及ぼす影響を量的法則化する数々の独創的な研究を主導した。他の成育条件が一定であれば個体密度が変わっても植物体収量は一定になるという「最終収量一定の法則」、植物の過密群落でどのように個体数調節 (自然間引き)がおこなわれるかを定量法則化した「二分の三乗則」などはとくによく知られ、作物生産や造林技術にも貢献するところが大きかった。
  1960年代からは、日本各地の森林の有機物生産力の研究を開始し、1965年から始まった生物生産を中心課題とする国際共同研究「国際生物学事業計画 (IBP)」の推進者の一人として活躍した。当時の日本の研究は、方法論的にも調査実績でも世界をリードしており、生態学の新しい分野「生産生態学」の確立に貢献した。その拠点の一つとしての博士の研究グループは、大阪学派(Osaka School) の名で世界に知られた。森林生態系の研究は後年まで続き、森林の土壌・植生系における炭素循環の比較研究、天災その他による森林の更新・再生過程の研究などを発展させた。
  吉良博士は、年中高温多雨で植物生産にとって最高の極限条件をそなえた熱帯林に特に強い興味を持ち、1975年以降、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシアなどでの現地研究を強力に推進した。その最も重要な部分を占めるマレーシアの熱帯雨林の研究 (1971-74) は、IBPの一環をなす日、英、マレーシア3国共同計画として進められ、博士は研究・組織の両面でその中心的リーダーの役割を果たした。博士が推進した熱帯林プロジェクトからは、多くの優れた研究者が育ち、現在も活発な研究が続けられている。
  また、早くから自然保護の問題に強い関心を持ち、日本生態学会、日本自然保護協会の幹部のひとりとして、1950年代に原生林保護の具体的プランをまとめ、また、鎮守の森や里山の雑木林の保全の重要性を訴えるなど、わが国自然保護運動の先駆けとして活動してきた。
  1970年代後半からは、それまでの陸上生態系研究の基礎に立って、琵琶湖とその集水域の環境動態の研究に参加し、1982年滋賀県の要請を受けて琵琶湖研究所を設立、初代所長として、湖の保全にとどまらず、周辺地域の環境問題に広い生態学的視点から取り組んできた。さらに視野を世界に広げ、世界湖沼環境会議(1984)を主導し、国際湖沼環境委員会創設に尽力するとともに、その科学委員会委員長として、世界の湖沼環境問題の研究と、人と湖沼の共存を探る活動に貢献してきた。


略 歴

 
1942年 京都帝国大学農学部農学科卒業
1948年 京都大学農学部助教授(園芸学)
1949年 大阪市立大学理学部教授(植物生態学)
1980~1983年 日本生態学会会長
1981年 大阪市立大学名誉教授
1982~1994年 滋賀県琵琶湖研究所長
1986~1995年 (財)国際湖沼環境委員・科学委員会初代委員長
1990~1994年 日本熱帯生態学会会長
1994年~ 滋賀県顧問
(琵琶湖・環境科学研究センター担当)

受賞暦

 
1984年4月 紫綬褒章
1985年11月 京都新聞文化賞(環境問題への貢献)
1990年11月 勲二等瑞宝章
1995年4月 南方熊楠賞(自然科学の部)

主な著作

 
◆『日本の森林帯』(1949)、日本林業技術協会:札幌・東京、42pp.
◆『落葉樹針葉樹林―大興安嶺の森林について』(1950)、同上、36pp.
◆『植物生態学Ⅱ』(編著)(1960)、古今書院:東京、402pp.
◆『東南アジアの自然と生活、1~7巻』(英文)(編著)
  (1961、1962、1964、1965、1967、1969、1976)、
  日本学術振興会:東京、454+276+466+402+312+213+354pp.
◆『生態学から見た自然』(1971)、河出書房新社:東京、295pp.
◆『陸上生態系・概論』(1976)、共立出版:東京、166pp.
◆『自然保護の思想』(1976)、人文書院:京都、254pp.
◆『日本の森林の一次生産力』(英文)(共編著)(1977)、
  東京大学出版会:東京、289pp.
◆『日本の暖温帯常緑カシ林の生物生産』(英文)(共編著)(1978)、
  東京大学出版会:東京、289pp.
◆『熱帯林の生態』(1983)、人文書院:京都、251pp.
◆『水資源の保全―琵琶湖流域をめぐる諸問題』 (編著)(1987)、人文書院:京都、231pp.
◆『地球環境のなかの琵琶湖』(1990)、人文書院:京都、251pp.
◆『世界の湖』(共編著)(1993)、人文書院:京都269pp.

:中国雲南省、昆明市外のディエンチ湖の湖面を覆う養魚の生簀(1988年)。その後数年間の急激な富栄養化の進行によって、養魚業は壊滅した。
左下:雲南省大理白族自治州、エルハイ湖の漁夫。エビをとる筌(ウエ)の修理(1992年)
右下:熱帯雨林の散歩。マレーシア、サラワク州のランビール国立公園(1993年)
ランビール国立公園、日米共同調査地にて(1993年)

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