海洋漁業の世界的傾向
 〜生態系の保全と水産資源の持続的利用をめざして〜

 



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  ダニエル・ポーリー
コスモス国際賞受賞記念講演


 欧米諸国の多くの一般人は、広範囲に及ぶ「公害」が海の生き物を危険にさらすと信じている。おそらく、レイチェル・カールソンの「われらをめぐる海」(1951年出版)のような本やジャック・クストーの海洋自然保護発言などの影響がいつまでも続いているからでしょう。一方、長いあいだ漁業は害のないものとみなされ、漁獲対象となる種の減少は通常「環境変化」やなんらかの「公害」によるもので、奇妙なことに漁業の発展とは無関係とされてきました。

 商業漁業は、つまるところ魚を殺してその生育地から移動させ人間に食べさせることを目的としているのに、漁種の総数変化にはほとんど影響を与えない活動であると、なぜこれほど幅広く、長きにわたって信じられてきたのでしょうか。これは、別の時代の考え方が浸透しているからと考えられます。つまり、危険にみちた未知の世界である海に、自分の村からさほど離れない程度に小さな船で漕ぎ出して、深海に生きる魚類の膨大な総数のほんの一部をやっと手に入れられるだけの用具で、生活に最小限必要なだけの魚を釣ることが「漁業」だった時代の考え方です。この認識はいまだに続いています。これがどれほど誤った認識であるかに今こそ気付くべきです。

 自立した漁業従事者が地元の食糧供給者として活躍するのどかな活動と漁業をみなすことの影響のひとつが、私たちがレストランで注文し、スーパーマーケットで買い求める魚を供給する緊密に組織化された世界市場機構を支えている巨大事業の存在に気付きさえしないということです。これが問題となるのは、この巨大事業が自らの資源ベースに深刻な影響を与えているため、現在の傾向がこのまま続けば数十年後には崩壊してしまう危険があり、そうなると現在漁獲されている何種類もの魚とそれを支える生態系も巻き添えを食って消滅してしまいかねないからです。これが、世界主要魚類流通業者のひとつであるユニリーバが世界自然保護基金(WWF)と協賛して、基準以下と判断された管理体制に対して市場プレッシャーを与えるための海洋管理協議会(MSC)を設立した理由のひとつと考えられます。

 人類は持続不可能な漁業を長いあいだ行ってきました。現在確認されている最古の漁業用具は、現在のコンゴ(もとザイール)にある遺跡の9万年前の貝塚で考古学者が発見した精巧なつくりの骨製の銛ですが、これは主に、いまでは絶滅している全長2メートルの淡水ナマズを捕るのに使われていました。この銛を用いていた漁民は、その後他の種を捕るようになったと思われます。ひとつの種を絶滅するまで捕り続け、次々に他の種に切換えていくという漁業パターンはこれまで常に行われてきました。漁業道具や技術に限度があるため、或いは政府補助金の交付がないため、いくつかの種がその分布範囲の一部でのみ漁獲されているあいだは、「持続可能性」が続くというわけです。

 明らかにこのパターンは、大型哺乳動物や他の動物に対して人間が陸で繰り返し仕掛けてきた根絶戦争に符合します。そのなかでも最も研究されている例が、1.3万年から1.2万年前の北米のクローヴィス狩猟族です。この名前は、同族の溝付き槍先形尖頭器が最初に発見された場所の地名に由来します。以前に一般的に信じられていたのとは違って、クローヴィス族は「最初のアメリカ人」ではなく、実は沿岸に住んでおり、生活の糧は漁業に依存していたと思われます。また明らかに彼らが最初に内陸部で大型哺乳動物を捕えたとも思われます。クローヴィス族が千年ほどにわたって、大型で繁殖サイクルの遅い哺乳動物30種(マストドン、大型地上ナマケモノ、大型アルマジロ、セイブラクダなど)を、北米全体を覆いつくす巨大な波のように大量に殺害し絶滅させたことが考古学でもモデル研究においても確認されています。文字をもたない社会が動物総数に関する数量情報を数世代間にわたって伝達することの困難を考慮すると、殺戮絶頂期を過ぎたクローヴィス族が自分たちの祖先がしてしまったことに気付かないまま、このくらいの期間を過ごしてしまえると思われます。現在でも、同様の問題が「ベースラインの移動」として続いています。

 皮肉なことに、無数のクローヴィス槍先形尖頭器が化石化した哺乳動物に突き刺さった形で発見されているにもかかわらず、30種の動物が絶滅したのは「気候変動」が原因であるといまだに主張する人がいます。それ以前に何百万年ものあいだ環境変化を - まさに、北米の北部を厚さ2キロの氷で覆った数度の氷河作用を含む環境変化を - 乗り越えてきた種が、2、3百年間の環境変化のせいで絶滅したというのです。

 同様の哺乳類絶滅が4、5万年前のオーストラリアでも起きたという有効な証拠があり、これはまさにホモ・サピエンスが最初にオーストラリア大陸に到着し、そこで何百万年にもわたって進化してきた有袋動物のいくつかの大型種を短期間で絶滅させてしまったことに関連があるとされています。

 最後の例として、現在のニュージーランドで起きたダチョウに似た大型のモア(恐鳥)の絶滅を挙げておきます。13世紀後期に現在のマオリ族の祖先がポリネシアから移動してきて、土地に数百万年間生息してきた11種の動物をほんの百年のあいだに絶滅においやったのです。

 海においては、産業革命期にトロール漁船のようなこれまでにない漁獲能力をもつ漁船が開発され、大型沿岸動物が連続して減少していきました。すでに漕艇式、帆船式漁船が主に沿岸で相当な漁業を行ってきたのに加えて、新型の産業漁船がより遠海をめざし、より大型の魚類群を対象とする漁業を展開したため、それまで漁業の影響を全く受けないでいた魚類の総数が短期間で減少してしまいました。しかし、この現象を否定する声は絶えず、時にはばかげた形になって現れます。例えば、フランス周辺の底生海洋資源に関してあるフランス漁業代表者は最近、「資源が減少しているのではなく、場所を移動しているのだ」と主張しています。
 

変化のはじまり
 1970年代後期に国連海洋法会議(UNCLOS)が誕生し、沿岸国が領土の海岸線から公海に向かってほぼすべての大陸棚を含む2 00マイル区域を排他的経済水域(EEZ)として管轄権を主張できるようになりました。この結果、漁業資源の管理責任は沿岸国に帰することとなり、何十年にもおよぶ、場合によっては何世紀にもおよぶ、古くからの漁場をめぐる紛争が終結しました。しかし残念なことに、これがもたらすはずであった機会を多くの国が捉えそこねました。つまり、以前から漁業開発を象徴していた国際間の魚獲得競争自体は問題にされないまま残ったのです。各国政府や国連開発計画(UNDP)、欧州連合(EU)、国際協力を担う銀行などの国際組織による補助金のおかげで、EEZに来なくなった外国漁船を補足するほどに国内漁業が発展し、一方UNCLOSの認可やEUと西アフリカ諸国が個別に結んでいるような安値で取り決められた「漁業協定」によって外国漁船は他国のEEZでの操業を続けることとなりました。

 漁業研究者は漁獲高の見積りを発表し、この傾向の助長に貢献しました。この見積りが大幅に楽観的過ぎたことは今では周知の事実です。

 UNCLOS以降も漁業は技術的に発展し、地理的にも拡大したため、以前より速度は落ちたものの漁獲高増加傾向は継続しました。世界的に漁獲高が減少に転じたのは1980年代後期のことです。これは、漁業を支える諸生態系の広範囲におよぶ崩壊(中国による組織的な改ざん報告により長いあいだ隠蔽されていた)と深海資源を対象とする漁業傾向が原因です。当時、いくつかの主要研究が発表され、海洋漁業は自らの資源ベースとそれを支える諸生態系に一般に信じられているよりはるかに深刻な影響を与えていると指摘しました。これは、私たちの漁獲傾向観察結果の説明をさらに裏付けることとなりました。

 しかし、ほとんどの国の国立海洋研究所は従来通りの調査方法をほぼそのまま続けています。すなわち、種単位の許容漁獲高総量(TAC)を割り出すのを目的に単種漁業の操業評価を実施する一方で、単種漁業は多くの他の種にも影響を与え、それらを支える諸生態系の連続破壊の原因となると主張する環境保護運動家(一般人の支持も増えつつある)を退ける、というやり方です。

 これに代わる対処法が実施されるには、国立水産研究所とこれらがその管轄下にある法規機関を漁業界との追従的な関係から解き放ち、本来公的領域にある資源の管理者としての役割を取り戻させることが必要です。確かに、法規機関が採掘産業にはつきものの有限利益の確保に没頭しているという一般的認識があり、これを背景に、明確な表現はされていないものの、生態系をベースにしたなんらかの漁業管理枠組(EBFM)の必要性が幅広い支持とともに訴えられているのではないでしょうか。例えば2002年ヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)においても、EBFMの必要性が表明されています。

 したがって、EBFMのあいまい性を非難するかわりに、これを全体的指標とすることを考慮するべきなのです。ちょうどカナダの連法政府政策の基本概念が「良い統治」であり、アメリカの法体系の根底に「幸福の追求権」があり、フランスの公的政治的発想の大部分が「自由、平等、博愛」を源泉としているように。EBFMのように、あいまいでありながらも包括的な概念は、複雑で利害関係の入り組んだ議論に枠組を与える数少ないきっかけとなりえます。さらに、漁業に関係する諸生態系の構造と機能をEBFMによって維持或いは再建しなくてはならないという基本的見解があれば、そこからコンセンサスもすばやく形成できるでしょう。このためには、生態系における一定の種の総体的多数性が維持されるように漁獲魚類を調整する管理漁業が必要となります。ちょうど、個別の自動車メーカーが販売する車両全体のガソリン消費単位走行距離に上限を設けることで、ひとつの国全体の走行距離総数を規定するのと同じようなことです。
 

海洋食物網の上位から下位へ
 漁獲高から簡単に概算できるふたつの単位、漁獲された魚の平均栄養段階(TL)と魚種の平均最大体長(ML)が、漁業の基盤をなしている諸生態系の状態をかなり正確に反映していることがわかっており、その監視に有用であると思われます。

  生物の生態系での主要目的は、繁殖以外にはエサを得ることと他の生物のエサにならないことです。生態系とは大まかに言って、生物がその体長や口腔各部の構造、栄養摂取傾向によってそれぞれ定められた位置を占めている複雑な食物網と食物連鎖が絡み合ったものです。生物が占める位置の指標のひとつがTL値で、植物プランクトンや底生藻類が位置する海洋食物網の底辺(主に食べられずに残って死んだ藻類と草食性生物の排泄物からなる有機堆積物もこの位置)をTL1とし、ある生物がここから何段階離れているかを示しています。

 植物プランクトンは主にTL2のカイアシ類とその他の小さな甲殻類の餌になります。草食性生物はたいていかなり大型である陸生生物の食物連鎖とは明確に異なります。一方、動物プランクトンは主にTL3程度の小さな遊泳魚(ニシン、イワシ、ヒシコイワシなど)の餌になります。「程度」というのは、遊泳魚は植物プランクトン、草食性生物、肉食性動物プランクトン、有機堆積物が様々に混ざったものをよく食べるからです。小型遊泳魚は大量に漁獲されており(2000年には3800万メートルトン[1メートルトン=1000Kg]、つまり世界全体の漁獲高の44%)、人間に食べられるか(例えばオイル漬イワシの缶詰として)、ニワトリ・ブタ、養殖サケ用飼料の主原料である魚粉・魚油にされます。一方、レストランでそのままの形で料理したり、ステーキや切り身にして出される典型的食用魚であるタラ、フエダイ、マグロ、オヒョウなどは、小型遊泳魚やその他の小型魚、無脊椎生物を捕食し、TL値は4から4.5です。上限にはサメ、クロマグロ、海生哺乳類のようなその他の捕食性生物が位置しています。TLは場所と時間により変動します。「時間」には季節と魚の年齢(体長)の両方が含まれます

 さらに重要なことに、海ではTL値が高い生物はその捕食する生物より体長が一般的に3、4倍大きく、成熟し生殖できるようになるまで長い時間を要する傾向があり、このため乱獲の影響をうけやすいのです。

  これらの要素すべてと、生態系に豊富に存在する海洋種をなんであろうと漁獲してしまう現在の漁業技術、小型より大型の魚の方が弱い生存状況にいることを考慮すると、低TL値の魚の漁獲高が増加すれば、それだけ高TL値の魚類が減少していくという結論が導き出されます。言い方を変えれば、持続可能性のない漁業では、たとえTACが設定されている魚種が個別には持続可能なやり方で漁獲されていたとしても、漁獲された魚の平均TL値が徐々に低下していくという現象が起こるため、生態系レベルで持続不可能性を露呈してしまうことになります。

 このような持続可能性のない漁業は、海洋食物網の上位から下位に向かって獲ってゆくやり方(「フィッシング・ダウン」、略してFD)として今や知られていますが、はじめて発表されたのは1998年で、国連食糧農業機関(FAO)が設立・運営する世界的漁獲高データベースに基づいていました。FAO自体は、ほんの初歩的な漁業監視システムしか保有していない国をも含む加盟諸国の提供するデータに依存していました。このデータで特に問題になるのは、漁獲された魚種や漁獲地が大まかに合算されることが多く、例えば、多くの魚種が「雑魚」としてひとまとめにされたり、遠洋漁船による他国のEEZにおける漁獲高も漁船国籍に無関係に合算されています。FAOのデータベースのこのような欠点が、そこから引出される結論を無効にするのではないかという意見を受けて、ばらばらにしたデータセットに基づいた検討結果が数回にわたり発表され、FDの概念の有効性と偏在性が証明されました。

 この過程で規則的な漁獲高マッピング方法が開発され、これによって1950年から2000年のFAOの漁獲高データを、漁獲特徴(魚種構成、平均TL、平均ML)とともに、世界中の海を緯度・経度によって18万以上に分割した区域にふりわけることが可能になりました。

 この結果、FD現象のマッピングと、近海礁の漁と近くで漁獲されるマグロのような大洋性高TL遊泳魚を合算する小島やその他の国の漁業統計値による偏りを取り除くことが可能になりました。

 このマッピングの結果からわかるのは、いかにFD現象が広範囲におよんでいるかということです。漁獲高の世界総量の大部分を占める大陸棚区域でTL値が激しく落ちこんでいるため、重要な漁場では必ずFD現象が起きているとさえ言うことができます。また、TL値の低下率は1950年代以降上昇しており、低下率が最も高いのは1980年代であった。1950年代初期、世界の漁業は平均TL値3.37で操業しており、現在は3.29である。しかし1983年にすでに3.25まで低下しています。そして忘れてはならないのは、人間はいまのところ動物プランクトンを食べていない(例外はあるものの - 日本やその他の北東アジア諸国にはクラゲの市場が存在し、欧米諸国には輸出を開始したところもある)ということです。

  この分析は、世界漁獲統計に明示されている平均最大魚種体長に符合する。調査対象となった50年間に最高1メートルまでの低下が起きているのは主に北大西洋とその他の地域で、漁業が高度に産業化したため大きく成長できる魚種がいなくなってしまったところです。世界スケールで観察すると、魚網の網目の大きさや特定の魚種の大きさが一定の危機的レベル以下に落ちないように魚種別に設定された規定 (注:これには、研究報告が進んでいる一魚種内での平均体長低下は考慮されていない)にもかかわらず、この現象は着実に進行しています。

 FAOは1950年にここで取り上げている世界漁業データセットの収集を開始したが、そのときすでに、近海漁業は工業国、非工業国両方における沿岸での魚と無脊椎生物の総数減少に影響をおよぼしていました。そして、初期の産業化した漁業が北海やニューイングランドなどで引き起こした連続減少は、第二次世界大戦後は他地域、特に南半球の深海にまで拡大しました
 

食糧確保への影響
  地理的拡大が覆い隠されてしまったのも、投資規制緩和、国際銀行取引、通信技術の発展により形成された緊密に組織化された世界市場があったからこそです。シーフード料理の利点が知られ生活水準が向上するにつれて北半球における魚の需要が伸びたため、追いつかなくなった供給を南半球からの輸入で補うようになったのも、このためです。多くの発展途上国が負債返済に必要な基軸外貨を獲得する最も簡単な方法として、比較的高額な取引料を支払う意志のある外国に入漁権を売ること、高価な魚の輸出が挙げられます。この結果、多くの発展途上国では、沿岸地域で外国漁船が乱獲を行い、地元の小規模で家内工業的漁船には獲る魚が何も残っていないという現象が起きています。世界の最大魚輸出国40ヵ国のうち9ヵ国が低所得・食糧不足国とされています。ここでは底性食用魚を例に挙げているが、他の高価値シーフード(例えば、日本、アメリカ、EU向けの小エビ)や小型遊泳魚から作られ陸生・水生(例えば養殖サケ)の家畜飼料となる魚粉に関しても同様のことが言えます。

 海水産物の世界市場機構とともに、先進国の一般消費者から魚種連続減少の現状を覆い隠しているのは魚の養殖です。多くの人が養殖は魚を乱獲から守る効果があると信じています。しかし、実際にこの効果が見込めるのは、養殖される魚や他の生物が魚粉を必要としない場合(例えば、二枚貝やイガイ、アジアの熱帯地方で養殖されている肉食性テラピア、アメリカの養殖ナマズなど)においてのみです。一方、サケやその他の肉食性魚のように魚粉を必要とする養殖は、乱獲をあおることになります。人の食用に十分なり得る小型遊泳魚や他の魚が養殖用飼料の原料にされるため、これらの魚の栄養価はそれをエサにした養殖魚が私たちの食卓にのぼるときには、途中でほとんど失われてしまっているのです。
 

必要な対策
 ここで説明したFDやその他の関連現象を考慮すれば、多くの漁業科学者・経済学者が提案してきた改善策を早急に実行するべきであるといえます。すなわち、政府補助金なしでは黒字操業ができない漁船に操業を続けさせないために補助金交付を停止し、使用漁具の各種制限を厳しく施行することで、漁業能力を縮小することです。

 このような対策をとっても、将来の漁獲高を増やす、つまり伸びつづける人間の海水産物需要を満たしつづけることはできないかもしれません。しかし、これらの対策により現在残っているが失われつつあるものを維持することはできるでしょうし、それにより発展途上国における一人あたりの魚供給量が低下したことから顕在化した食糧確保問題を和らげることもできると思われます。

 一方で、このような以前から提案されている対策は、全体的な魚供給量を安定させることはできても、弱い生存状況にいる大きい魚種を絶滅から救うには不充分ではないかと懸念されます。先に述べた、いわゆる「ベースラインの移動」現象を考慮すれば、正常に機能的生態系と持続可能な漁業を再構築するためには、種の総数と生態系の初期状態を示す堅固なベースラインを設定して、漁業資源を再生してゆくことが必要です。したがって、生態系の初期状況の再構築と記述(あるいはシミュレーション)と、新しい研究分野(効果をあげるためには学際的でなければならない)の開発が重要になってくるのです。

 もうひとつ重要な対策として、持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)でも必要性がアピールされたように、規制対象ではなかったいくつかの魚種の何世紀間にもおよぶ生存を可能にしたレフュジア(退避地)の再構築があげられます。レフュジアは、現在「海洋保留地」や「禁漁区」と呼ばれることがあるが、沿岸種を保護するためには近海に、また、大洋魚を保護するためには遠海に設けられなければなりません。私たちは漁業がこれまで依存してきた種の多くを失っていますが、禁漁地区をあちこちに散らばった小規模 の特別な地域とみなすべきではなく、漁業対象になっているいくつかの魚種の分布地全体を禁漁にするための正当かつ明白な管理方法としてレフュジアを導入することです。漁業を遠ざけることにより過去には保護されていた魚種の絶滅を防ぐことこそ、将来の漁業管理体制の主要目的となるべきなのです。これが実現すれば、漁業は歴史上初めて完全に持続可能な活動となるばかりでなく、不確定性の問題への対応も可能になります。これはレイチェル・カールソンの死後、世に知られるようになった書物の中のひとつに雄弁に謳われている通りです。

 「現在残っている野生区域のいくつかを国立公園にすることは、解決策の一部でしかありません。公園でさえ、自然が長い時間を費やして風や波、砂とともにつくりあげてきたものとは異なります。自然のやり方とは何であったのかを、人間はいずれ学ばなくてはなりません。人間が干渉しなければ地球がなり得ていたであろう姿を知らなければなりません。だから、レクリエーションのために公園をつくるならば、その他に沿岸地域を自然のまま保存して、海と風と海岸、いきものとその環境が、人間がいなかった長いあいだにいたのと同じ状態に居続けられるようにしなければなりません。なぜならば、いまの最先端科学の時代においては人間のやり方が必ずしも最善ではないかもしれないからです」
 

  講演会テキスト (PDFファイル)     (524KB)

(英文テキストは英語サイトにあります)

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