生物多様性の持続的利用と明日の地球





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ピーター・ハミルトン・レーブン
コスモス国際賞受賞記念講演  


 1990年の国際花と緑の博覧会は、その美しさと深く生き生きとした精神によって、多くの人々に、人間と生物界との関連がどれほど緊密で根本的な重要性を持っているか、また人間がこの世界を共有している他の生物にどれほど深く依存しているかを認識させるイベントでした。しかし、今日の世界は、50年前あるいは100年前とは大きく異なり、また非常に急速に変化しているため、私たちが望むような未来を築くための新しい思考や行動の仕方を見いだすことが、両者の存続にかかわる問題となってきています。事実、私たちの生きている世界では人口増加、消費レベルの上昇、技術の持続不可能な利用があまりに急速に進んでいるため、私たちは直面している課題を乗り越えることができないように思われることもしばしばです。しかし、これらの課題に対処できなければ、必ずや私たちの子どもをはじめ後の世代の人々は、今私たちが享受しているよりもはるかに少ない機会しか持てなくなり、今日の世界よりも、美しさや健やかさそして育む力や持続する力に欠ける世界を生きるほかなくなります。


 すでに私たちは地球の持続可能性の限界を超えてしまっていると思われますが、同時に私たちの抱えている問題に取り組むための重要な手段も獲得しています。私たちがどんどんその開発をスピードアップさせてきた科学、工学、医学における進歩、およびこういった進歩を世界中で共有し確立する能力ほど力強いものはありません。ではこれからお話しする動向および関係を通して、私たちのすべきことを明らかにしていきたいと思います。


 わずか半世紀ほど前の1950年には、世界の人口はおよそ25億人でした。現在では63億人を超えています。国連は、今世紀の半ば頃に世界人口は約85億人で安定し始めると予測していますが、この予測は世界人口がその水準を大きく超えないようにするために続行すべき施策の成功を見込んだ多数の仮定に基づいたものです。今日、世界人口の約82%にあたる51億人を擁する世界の開発途上国では、毎年約8,000万人の人口増加があり、世界人口の約18%にあたる12億人を擁する先進国(日本や米国を含む)では、毎年約100万人の人口が増加しています。そして世界の人々の半分が一日当たり2ドル以下で生活し、8人に1人が飢餓に苦しみ、2人に1人はカロリー摂取量が足りないかあるいは少なくとも一つの重要な栄養素を摂取できていない状況にあり、このため非常に病気にかかりやすく幼いうちに死亡しやすくなっています。


 
私たちはいかにしてこのような状況に到達したのでしょうか。ちょうど400世代(約1万年)前、人類は、おそらく200万年の進化の歴史を経て、全ての大陸をあわせておよそ300万から400万の数に達していました。それは目立つ存在で局地的に優勢を占めている場合もあるものの、地球上に存在する何百万もの他の種とそれほど大差ない種でした。しかしその当時、私たちの祖先は植物を穀物として栽培する能力をはじめて獲得し、それによって不利な季節にも保存が可能な大量の食糧を生産することができるようになりました。このような進歩により、人類の数は急速に増え始め、人類は村落、町、都市、そして国家を形成し始めました。これらはそれぞれ、蓄えた食糧や交換できる物資という形の富をさらに蓄えるようになり、また耕作に利用できる土地を増やしたり、相手から直接富を奪ったりするために戦争をするようになりました。


 
過去1万年にわたり、これらの村落に詩人、哲学者、法律家、建築家、宗教の指導者、道具を作る人などが住むようになり、さまざまな職業が近代世界を形成してきました。5,600年ほど前には文字が発明され、その数百年後には大ピラミッドが出現し、そして中国、日本、ギリシャ、ローマの文明、そして何千年間も存続することはなかったその他多くの文明が台頭しました。時間が経つにつれ、それらの社会の中の複雑な人間関係が、現在私たちが現代のさまざまな世界の文明とみなしているもの―価値や思想の体系をなしまた同時に私たちの日常の生活の一部となり、不安や希望や夢の背景を形作っているもの―に発達していきました。


 
私たちの狩猟採集時代の祖先にとって有効であったであろう社会習慣も、当時認められていた勝つための戦術も、この現代世界では明らかな妥当性を持ってはいません。しかし、これまでの人類の2百万年以上の歴史と、地球上に生命が誕生してから数十億年間私たちが遂げてきた独自の進化の過程で獲得されてきた遺伝的・社会的な資質の多くは、おぼろげにしか認識できなくとも私たちにいまだに影響を与えていることを、私たちは前提としなればなりません。それらは、これまで人間が400世代にわたり想像を超えた変化を遂げてきた世界においては、もはや生き残るための適切な手段ではないかも知れません。現代社会と未来に生きるための適切な方法を見つけるために、私たちはこれまでどこにいて、今実際にどこにいるのかを慎重に検討することが必要なのです。そうする中で、私たちの選択した文明の永続のために不可欠となる新しい考え方を見つけるべきであり、私たちが暗黙のうちに想定している未来に向けて文明を向上させていくことは、私たちと後世の人々の定めです。


 
過去半世紀の間に起こった莫大な変化を考えるだけでも、私たちがともに大規模な行動を起こすために結集する十分な理由になるはずですが、これまでのところ事実はそうなっていません。全世界の表土の5分の1近くが、非常に短期間に失われているという世界を考えてみましょう。1950年に耕作されていた農地の5分の1が、塩類化、砂漠化、無計画な都市の膨張などの原因で失われてきている世界、そしてこの時期の初めに存在していた森林のうち3分の2しか残っていない世界を考えてみてください。それから、大気中の二酸化炭素の成分を6分の1近く増やすことによって私たちが大気の質を変えてしまい、私たちを保護しているオゾン層を約7%減少させてしまったという事実を加味してください。そして、私たちの計画全体が、人類の活動から生じたこれらの持続不可能な結果に対処できるかどうかを自問してください。


 
農業生産性の現在の水準を達成するために、私たちは年間約3百万メートルトンの農薬を使って農地を処理し、自然のプロセス全体のペースを大きく越え多くの地域では有害なレベルに近いペースで窒素を固定し、持続不可能な土地の開墾をますます進めていっています。現在私たちが南アメリカ大陸とほぼ同じ面積を農作物生産のために充てている一方で、牧畜民は約33億匹のウシ、ヒツジ、ヤギを放牧する土地は世界全体で20%増えており、そのほとんどで生産能力が急速に落ちていっています。そして世界の漁場の3分の2で、持続可能なレベル以上の漁が行われています。


 
一般に、農村部の人々の生活は貧しくなってきており、彼らの今後の見通しも、数十年前よりもさらに限定されたものとなりつつあります。主要な都市は発展を続けていますが、どのようにして持続可能で住民に機会を提供するような都市づくりを行うかについては、ほとんど考慮されておらず、措置も講じられておりません。数年のうちに、世界人口の半分以上が人口百万人以上の都市に住むようになり、そしてその後数十年で更に数億人が加わることになるでしょう。各農村部の貧しい人々に、教育や情報を与えることは現在必要なことであり、また将来、多くの人々が望んでいるように、彼らが都市へと移動するならば、もっと必要なこととなります。さらに、数億人の新しい顧客が開発途上国に出現するとなると、私たちが付随する問題に効果的に対応しなければ、現在の環境問題が一層悪化してしまうでしょう。


 これまで述べてきたことを他の言い方で要約してみましょう。現在、人間は陸上での光合成の総生産量の半分以上を直接利用し、破壊し、あるいは浪費していると算定されるのです。さらに、私たちは毎年、再生可能な淡水供給量の半分以上を直接使用しています。世界の広い地域において、女性や子どもたちは薪や水を始終探し求めることに生産的な生活を費やしており、教育を受ける機会や、彼らの社会や世界全体の進歩に貢献するための機会を持てなくなっています。中国の約40%の食糧(約5億人の人々に対する食糧)が生産される華北平原では、地下水面が1年間に1.5メートル低下していると推定されています。インドの多くの地域でも地下水面が低下しており、その影響で海水の混入が亜大陸の海岸線の大部分で顕著になっています。現在石油が手に入る地域が戦場となる場合が多いように、今後は水の入手のしやすさが世界の戦場の多くを定義することになるのは明らかです。しかし、この動向に関してもっとも悲しむべきことは、そういった紛争が、すでに約7億人の人々がその地方に蔓延している飢餓に苦しみ、その2倍もの人々が絶対的貧困のうちに暮らし、毎年約1,400万人の4歳未満の子どもが餓死あるいは飢餓に関連する病気で死亡しているような世界で起こっていることです。


 1987年に環境と開発に関する世界委員会の報告書が発行されて以来、私たちは、人類の20%未満が世界の資源の約80%を支配していても、開発途上国が伝統的産業や技術を利用して徐々に工業化され豊かになっているものとして世界をとらえることに慣れてきました。もしこれが真実ならば、心地よい夢です。世界の豊かな国に住んでいる私たちが、消費の水準をさらに上げ続け、そして単に世界のより貧しい人々に対する責任をあまり負わなくてもよいと考えることができるでしょうから。しかし残念ながら、私たちが現在の技術を今後も今までどおりに利用していくなら、これはかなえられる夢ではありません。インドが独立を勝ち取ったとき、ガンジーは、「インドは英国のような生活水準を前提とすることはできない。帝国なしには、インドはそうするための力を持たないからだ」と指摘しました。


 最近では、ワックカーナゲル(Wackernagel)とリーズ(Rees)が、人間は現在の技術を用いて、持続可能な地球の自然の生産力を約20%も超える消費を行っていると算定し、この数字はさらに上がり続けるであろうと予測しました。別の言い方をすると、世界の全ての人々が今日の先進国の生活水準のもとで暮らしていくためには、地球に匹敵する惑星がさらにもう2つ必要となり、もし人口が倍増すればさらに3つ、そしてその生活水準が2倍に高まれば12の惑星が必要だということです。現在の控えめな予測でも、始まったばかりの今世紀半ばまでに、現在の63億人に加えて20億人の増加が見込まれていることを思い出してください。どのようにその増加した人口の衣食を満たし、生活を守っていけるのでしょうか。約400世代(1万年)前、ちょうど農耕が始まりつつあった時代には、人類の総人口はわずか数百万ほどでありほとんど影響がなかったことを考えると、私たちは自らの能力を試される特別な時代に生きており、私たちはどのような未来を望むのかを決め、そしてそれを実現するために手段を講じなければならないことは明らかです。


 
言い換えれば、私たちは地球の自然の生産力に依存して持続不可能な方法で生活しており、いつの間にかその生産力の多くを破壊しています。アル・ゴア元米国副大統領が述べたように、私たちはこの世界を、私たちの子どもや孫が今日私たちが手にしているのと同じ恩恵を享受できるようにと望んでいる場所であるというより、むしろ清算を進めている企業であるかのように扱っています。しばしば軽視されていることですが、地球の持続可能性の実現は、私たちの目の前にある最も大切な目標なのです。


生物多様性の役割

おそらく、私たちが直面しているあらゆる環境問題の中で最も深刻なものは、生物多様性、すなわち生物界を構成している植物、動物、菌類、微生物の種の損失が加速しているという問題でしょう。私がすでに申し上げましたことから、生物多様性は単独では保護できないけれども、持続可能な世界のコンテクストの中でのみ護る事ができるものだということがおわかりでしょう。私たちがつき進めている環境にマイナスに働くような動向が持続し強まっているという世界は、人間とこの美しい惑星を共有し、そこで人類が生きることを可能にしている生物の扱いに十分な資源や注意が向けられている場所ではありません。同時に、私たちがこれらの生物の多くを失ってしまうならば、私たちの取り組みの目標である持続可能な世界を築くためにそれらを基盤として策定してきた戦略の多くをも失ってしまうのです。


 どれほど多くの種類の生物が存在しているのでしょうか。オックスフォードのメイ卿は、真核生物の総数についてもっとも有益な推定を行い、各群についての予測を慎重に見直しました。彼は合計して700万から1,300万種が存在しており、そのうち個々に確認され命名されているものは160万だけであると推定しました。実際的には、私たちは中間推定値である1,000万種を採用することができますが、その際には菌類、センチュウ類やダニ類といった非常に大きな群に属する種のうちわずか一部にしか命名されていないことを知った上でのことになります。ですから、実際の総数を推定するのは大変難しくなります。ほとんどの科学者は実際の数は1,000万種よりも多いことが判明するだろうと考えていますが、そう確信することはできないのです。原核生物、バクテリア、古細菌等の種、およびウィルスに関しては、妥当な総数を割り出すための信頼できる方法などはなく、現在まで試みられてきたこのような推定は考慮に値しません。


 
これらの数字から得られる重要な結論の一つは、現在、私たちは地球上の生物についてほとんど知らないということです。控え目に見積もっても、実際に分類され学名をつけられているのはわずか6分の1程度であり、命名されているものの大部分に関しても、私たちはほとんど分かっていないのです。熱帯雨林においても、おそらく私たちは真核生物の総数のうち、20分の1程度にしか命名していません。ですから熱帯林とその生物多様性を失ってしまった時、私たちは真核生物のほとんどを理解し識別する能力、あるいは私たちの持続可能性を築くためにこの生物を利用する―その生物の存在すら知らなかったとしても―能力をも永久に失ってしまうことになるのです。


 
真核生物の種はどれほどの速さで損失するのでしょうか。この速度はまず、過去6,500万年の化石記録から生物の絶滅速度を特定することによって推定することができます。この際、その生物が出現してから消滅するまでの経過時間の推定に当たって基準となり信頼できる根拠となるものを提供できる、硬い体の部位を持つ種を用います。このような推定の対象となった種の多くは、100万年から数100万年の間存続していたと考えられますので、これと同じ速度が現在まで続いていたと仮定し、(現在の観察を元に最小限の増加分を推理するために)より短い時間を適用すると、平均して1年間で100万種につき1種が絶滅するのだと言うことができます。


 
それでは、約1,000万種の真核生物については、1年で約10種が失われることになると考えられます。ここで、過去数百年間にわたる文献の記録を参照し、またこの期間に注意深く観察された生物群(脊椎動物、チョウ、維管束植物など)の絶滅する速度から推定しますと、1600年から現在に至るまで、1年につき数百種が消滅していると考えられるのです。


 
ある地域に存在しているある特定の群に属する種の数、あるいは全ての種の数は、その地域の大きさの関数であり、その大きさは対数的に関連しているということになります。これは「島の生物地理学(Island Biogeography)」の分野の原則で特定されています。最初は島に関して解析されたものでしたが、それと同じ関係が比較的均一な生息環境を持つ本土の地域においても当てはまることが判明しました。全ての「過剰な」種がすぐに消滅するわけではありませんが、統計的にみて、このような種は自らの個体数や群集内の関係のために最終的に絶滅に向かうようです。ある主要な陸上の生息地の一例として、世界各地の熱帯雨林を考えみましょう。これらは既に元の規模の半分未満にまで減少していますが、ここには世界の真核生物種のおよそ半数が生息していると考えられます。この生息地は、私たちがどのような行動を取るかに大きく依存しています。しかし、熱帯雨林は、今後50年以内で元の面積の5%以下にまで減少してしまうだろうという多くの予測が立てられています。私たちがこのような減少が起こってしまうのを許せば、それは最終的に、熱帯雨林に生息している種の半分以上、つまりは地球上に存在する全ての種の4分の1以上が、21世紀のうちに絶滅するという結果になるでしょう。そして、それらの種の大多数は、科学者に一度も認識されることなく消滅してしまうことになるのです。


 
他の生息地の破壊も急速に進んでいます。おそらく全ての真核生物のわずか15%位しか海洋の生息地に発現していないと思われますが、これに関してもまた、私たちの知識はあまりにも不十分で実際にどれほどの種の数が存在するのか定かではありません。サンゴ礁は、全ての海洋生息地のうちで最も豊かなものですが、多くの悪影響により急速に破壊されています。そして実際に何が失われているのかも、やはり私たちにはほとんど分かっていないのです。


 
生物多様性に特に大きな損害を与え、また生息地の喪失に次ぐ影響の大きさを持っているものは、世界中におよぶ外来侵入種の急速な広がりです。現在、世界のあらゆる港湾には、多くの場合はビルジ水(船底の汚水)の中に混じって各地から持ち込まれた生物が多数生息しており、それらの攻撃を受けて、在来種は急速に消滅しています。米国の絶滅危惧種のうち約3分の1が、主に外来侵入種との競争あるいはそれによる破壊のために絶滅に直面しており、まだ私たちが団結して取り組んではいないこの問題は、世界各地の農地、牧草地、原住民のコミュニティーにおいて、急速に増大する大きな経済的損失を引き起こしています。


 
最後に、自然個体群の遺伝的多様性の減少は、関連する種の存続のみならず、世界のさまざまな地域における人間の未来に対しても、非常に深刻な問題を生じさせているということも指摘しておかねばなりません。生物のそれぞれの個体群の特定の遺伝的性質は、それぞれの土地に特有の適応を伴っており、それらの個体群が自然の生産性を回復したりそれらの場所に群落を回復したりするのにもっともふさわしい状態にします。多くの科学者たちが明示してきたように、日本の異なる地域に生息する特定の動植物の個体群は、それぞれ遺伝学的にみて等しくありませんし、ましてやロシア、中国、韓国、はてはヨーロッパに生息する同種の個体群とも同じではありません。それらは本来、私たちが理解し尊敬を払うべき大きな重要性を持っているのです。


 生息地の破壊をとってみても、外来侵入種の広がりやその他の環境問題の動向のために、私たちが21世紀にわたって、植物、動物、菌類、微生物の全ての種の3分の2を失おうとしていることは想像に難くありません。これは6,500万年前、白亜紀の終わりに、地球上の生命のたどる道が永久に様変わりした時に起きた絶滅に匹敵するものとなるでしょう。しかしながら、私たちの選択次第で、まだその影響を軽減し絶滅の危険に瀕している種の多くを救うことができるのです。


 
さて、種の絶滅は人間の将来性に大きく影響するのでしょうか。この質問に対する答えは断然「イエス」です。と言うのは、私たちが食糧や、医薬のほとんど、新旧の産業のための化学物質の供給原料を獲得しているのはこのような種からであり、また分子生物学の新発見の時代において、人類のために他の生物を更に改良していくために必要な遺伝子も、これらの種から得られたものだからです。ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重らせんのモデルの仮説を提唱してからちょうど50年、遺伝子の、ある関連のない生物種から他の種への導入が成功してから30年、そして遺伝子組み換え作物の実地試験が初めて行われてから10年余りが経ちました。この5年の間に、さまざまな生物のゲノムの塩基配列を決定することによって、私たちはゲノムの有効な特性についての新しい洞察を得てきました。様々な生物群の個々の遺伝子族についての理解が進むに従って、それらの特徴がどのように発展あるいは進化のコンテクストにおいて形成されるのか、かつて可能だと考えられていたレベルよりもはるかに深く理解されるようになるでしょう。それにより生物学的理解と、持続可能で健全な世界を築こうとしている人間にとって非常に有益な生物の新種開発のための新境地が開かれることになりましょう。もし私たちがその生物を理解する前にそれを失ってしまったら、可能だったはずの進展の多くも永久に不可能になってしまうのです。そして、将来利用できるようになるかもしれない一連の新技術があっても、生物学的な理解と進歩の基盤を探求することは今後の世界では更に困難になるのです。


 
個々の種としての価値に加えて、生物の群集や、湿地から森林、草原、淡水や海洋域にいたる生態系における種が組み合わさると、自然のシステム(系)の機能を司り人間社会に対し広範な環境サービスを提供するという点で計り知れない価値がもたらされます。個々の種の機能を理解すると、当初の形態が一度破壊されてしまった持続可能な生態系を取り戻し再び形成するために利用しなければならない特性がわかります。花粉を媒介する虫やその他の有益な昆虫、害虫駆除に役立つ鳥、自然界から得られる薬物その他の有効な生成物、水流を調整する流域、経済的に有益な繁殖地等は全て、比較的安定している生態系から私たちの生活の基盤として提供されている価値の例であり、これらを守る十分な根拠を示しています。


 最後に、コスモス国際賞とEX
PO’90大阪・花と緑の博覧会の精神において、この宇宙で私たちが知っている限りの命ある仲間たちを、これほど大きな規模で破壊する権利など私たちにはないのだということを言っておかねばなりません。ゆえに、実際的な問題だけではなくて、モラルと倫理の問題も考えていくべきです。私たちの言語は明らかに、生物について何か伝えるための能力を中心にして形成されてきました。私たちの芸術もまた、生物について伝えるための努力を発端としています。そして私たちが生物の存在の中に見いだすやすらぎは、私たちが生物に対して持っている自然な感情のあらわれです。これらの関係は、漠然とではあれ私たちの人間性を定義するものですが、根本的な重要性を持っています。動植物は、私たちがそれらを食糧、燃料あるいは医薬品として利用することとは別の部分でも私たちにとって大切です。ゆえに、私たちは動植物に敬意を払い、それらを保全していく必要があるのです。 


生物多様性の保全、持続可能な世界の構築

私たちが直面している中心的な課題は、かけがえのない生物多様性の恵みを、持続可能な世界を築く上でいかにして最大限に保全していけるか、ということです。私たちはこの生物多様性をそれ自身のためだけでなく、今後の人間の生活を支えるために必要な持続可能なシステムを構築することの重要性を踏まえて保護しようと考えるべきです。しかし、人類の18%が80%の資源を支配している世界においては、持続可能な世界をつくろうという意欲が存在するのかどうか明らかではありません。


 
これまでにもビジョンは十分ありました。第二次世界大戦の直前、フランクリン・デラノ・ルーズベルト米大統領は、議会に向けて重要な演説を行い以下のように述べました。

「・・・われわれは人間にとって欠くべからざる四つの自由の上に打ち立てられた世界を望むのである。第一に、全世界にあまねき、言論および表現の自由である。第二に、全世界にあまねき、全ての人間に対しての、みずからのしかたで神を敬う自由である。第三に、世界にあまねき、欠乏からの自由―すなわち現実の世界にあてはめれば、全ての国家に対しその住民に健全な平和生活を送ることを保障する、経済上の相互理解ということである。第四に、全世界にあまねき、恐怖からの自由―すなわち現実の世界にあてはめれば、世界的規模における徹底的な軍縮をおこない、いかなる国もその近隣に対し実力行使による侵略をおこないえぬようにすることである。それは遠い千年紀のビジョンではなく、私たちの時代と世代に達成できる世界の明確な基盤である。・・・自由とは、全世界にあまねき、人権の最高位を意味する。」

 しかし、今私たちはどこにいるのでしょうか。ルーズベルトが演説を行った当時の3倍に人口が増加している今、平和で持続可能な世界に私たちを導くために第二次世界大戦をきっかけに設立された機関―国際連合、世界銀行、国際通貨基金―は、長年にわたって非常によく機能してきたことは明らかですが、世界の国々をルーズベルトと彼の仲間が思い描いていたような確かな未来に導く力がないように思われます。貧富の格差は拡大しており、経済面だけでなく、私たちがその危険を知りながら軽視してきた情報格差も大きくなっています。


 
私たちが持続可能な世界を実現することができるのなら、それは基本的に相互尊重の上に築かれたものでなければなりません。ほとんどの民族や国家は非常に内省的であり、現在の状況が今後も引き続き向上していくものと考えています。例えば米国は、世界人口の4.5%を擁し、世界経済の25%を支配し、世界の科学者と技術者の3分の1を抱えています。また日本は、世界人口の約2%を占め、世界経済の10%を支配し、その科学および技術的な生産は全世界の10分の1をはるかに上回っています。これとは対照的に、開発途上国を全て合わせると、世界人口の82%を占めることになりますが、世界経済に占める割合は約20%であり、科学的な生産はおそらく10%くらいでしょう。持続可能な世界をつくろうとするなら、結集した取り組みが必要です。私たちは互いに大きく依存しあっています。しかしこの点に関して、先ほど述べました関係はまだ有望なものではありません。私たちのそれぞれの状況、習慣、国家の隔たりを超えて発展することができるように、私たちは互いにもっとわかりあい、そして私たち自身と子どもたちのために好機を与える持続可能な世界を構築に取り組めるように、互いに尊敬しあうことが非常に大切です。


 
米国の環境問題研究家、カイ・リー(Kai Lee)は、彼の著書「Compass and Gyroscope(コンパスとジャイロスコープ)」の中で以下のように述べています。

「持続可能性の世界的な規準をまず目に見えるようにし、確かなものにし、実行できるものとし、そして必然的なものにするために、どれほどの不幸が必要なのだろうか。私たちにはわからない。また私たちは、環境災害の教訓を学べているとしてもこれ以上の被害を防げるのかどうかもわからない。いかにその見通しが暗くても、豊かな国の住民は、私たちの社会が、貧しい人々を押し込め、私たちが彼らよりも概してずっと豊かに暮らすという状況に、多くの場合歴史的に責任を負っているということをきちんと知っておかねばならない。こうした背景の下、持続可能な開発とは、とうてい実現可能な目標や状態のことではないと考えられよう。むしろそれは、自由や正義、つまり私たちの安らぎを十分に保証できる豊かな生活をめざして私たちが進むべき方向に近いものといえるだろう。」

 私たちが互いを尊重しあうという基本的な条件を満たすことができれば、持続可能性の達成は、私たちが分かち合い目指していく明確な目標となるでしょう。私たちが現在生じさせている不安定さは、人口水準、富(消費)、不適切な技術の普及の産物ですから、安定した人口水準を見いだし維持していくことが必要です。いくら消費を調整したり新しい技術を開発したりしても、増加し続ける人口の影響を埋め合わせることはできません。世界の人々が皆、十分に栄養を摂取でき生活を支えることができ、そして一人一人が自分の能力を十分に発揮することができるのなら、これほど人口増加を懸念することはないでしょう。しかし現実はそのような状態にはあまりに遠く、私たちは一刻も早く、力をあわせて人口の安定化に取り組まねばなりません。大体においてこれは各地の女性の社会的地位向上を意味しています。女性の地位改善は、モラルの観点からも、またそうしなければ放棄してしまうことになる人間の能力という観点からも、非常に望ましい傾向です。


 その上、科学技術は私たちの公共の福祉に大きく貢献してきました。これらの分野における進歩は、健康状態の改善や、製造の効率化、市民の生活の質の向上、およびあらゆる地域の持続可能な開発の可能性を約束するものです。さらに、科学技術の進歩は、現代の世界の経済発展の原動力となります。ゆえに、米国の経済発展の約60%は科学技術に依存しています。世界的に見ても、経済成長全体の少なくとも3分の1は科学技術によってもたらされたものです。しかし、科学、工学、医学の進歩や発展は、裕福な国だけでなく、どの国の人々の福祉にも必要だということは、往々にして看過されています。世界のどこかで発見や進歩があっても、もしその国が基盤を築いていなければ、それを最大限に活用することはできません。またこれはつまり、他の国にとって持続可能で信頼できる貿易相手となる能力がないということになります。日本や米国のような先進国は、その繁栄や世界中の科学技術の発達に対する貢献から直接受ける利益を、全ての国家に依存しています。


 
持続可能な開発のための科学技術の果たした貢献の内容の多くが、米国国立研究評議会(U.S. National Research Council)が1999年に出版した「Our Common Journey: A Transition toward Sustainability(我らが共に歩む道:持続可能な世界への移行)」にまとめられています。持続可能な世界に移行していくためには、基礎知識や、それを用いる社会的能力や技術力、そしてこの知識に基づいて行動する政治的意思を、大きく高めることが必要です。エネルギーは特に大きな役割を果たします。地球温暖化の問題を緩和し、世界で供給量が減少している化石燃料に対する依存状態から脱皮してくために、世界のエネルギー経済が脱炭素化することが大変重要です。


 
科学と数学教育の改善は、学校教育、非公式の教育を問わず、今後持続可能な世界へと移行していくためには、どこででも必要なことです。そのような教育の向上は、地域に適切な労働力を提供するためのみならず、その向上を利用するための支持的な社会的状況を作っていくためにも必要です。世界の国々は、教育に関する経験や方法を相互に交換することによって、多くを得ることができます。科学はまた、それなしには容易に分かり合うことができないかもしれない様々なグループの人々が効果的にコミュニケーションを図れる共通の言語となります。科学は本来、理性的であり価値志向のものではなく、一致団結することが非常に必要とされている現代の世界において、人々を結束させる要素の一つとしてさらに重要性を増してくる可能性もあります。


 また、国際的なレベルでも重要な進歩があります。これらの課題の多くは地球規模で取り組まねばならないことを考えると、これは明らかに適切なことです。ゆえに、インターアカデミーパネル(IA
P)は世界中から科学アカデミーを集めて、インターアカデミーカウンシル(IAC)を設立し、科学、工学、医学および人類共通の利益のための発展に関係のある重要な項目に関する研究を行っています。第三世界科学アカデミー(Third World Academy of Sciences)は、これまで長きにわたり開発途上国における科学技術の水準向上に力を発揮してきており、将来的にも期待が持てます。計画のレベルでは、ミレニアム・アセスメントは、非政府機関や個人からなる協会を基盤としており、国家、生産性、生態系の価値の持つ基本的な重要性に関する情報を今後も提供することを通して、持続可能な世界へ向けて私たち全員が進んでいく助けとなるでしょう。その他にも、地球全体に利益をもたらしている多くの国際協力の顕著な例がありますが、私たちはこれらを大切にし促進してゆかねばなりません。


 
産業界は、持続可能な世界の構築に取り組んでいる個々の政府や多国間機関のパートナーとなるべきです。政治にとっての時間は特徴的に短く、政治的観点からすると得策のように思える措置が、共通の利益と矛盾していると判明する場合も多いかも知れません。短期的な経済的影響やその結果生じる政治的なダメージを考えると、必要な措置が困難すぎて着手できないように思えるので、政府にとって気候変動などの長期的な問題に対処するのは難しいことです。対照的に、企業にとってはこのような問題は現実の課題であり、株主に長期的な価値を還元するために対処しなければならないのです。これは企業が利他的になれるほど余裕があることを示唆していると解されるべきではありません。企業は絶え間なく自らを改革するか、あるいは時間の経つままにあえて時代に取り残される道を選ぶかのどちらかなのです。


 このような環境問題の動向に際して、生物多様性を理解し保全する取り組みを強化するためには、何をすればよいでしょうか。第一に、私たちは今ある知識を整理し、かつできるだけ早く効果的にさらなる知識を獲得しなければなりません。私たちは確かに、世界の真核生物についてせいぜい約6分の1足らずの知識しか持たず、そのほとんどは表面的なものです。


 
持続可能な開発の未来が、生物多様性についての適切な理解と持続可能な利用にこれほど大きくかかっているのですから、そのための措置をできる限り早急かつ効果的に講じ、世界中で強化していく必要があります。これを可能にするために、米国や日本などの富裕国は、多くの開発途上国が生物多様性のインベントリーを作成する支援をするために、さらに今以上の貢献をしなければならないでしょう。


 生物多様性に関する情報を獲得したら、それは地球規模生物多様性情報機構(GBIF)の構想に従って、多数のユーザーが利用可能なアクセスしやすいデータベースに整理されます。生物の利用や保全の情報を充実させ蓄積していく必要があります。メキシコ生物多様性委員会 (CONABIO)やコスタリカ生物多様性研究所(INBio)などの国家的レベルの生物多様性に関する機関は、地域の状況に対応しており、世界の他の地域のモデル機関となっています。このような機関が、特に国家レベルで設立されるのは大変価値のあることで、世界中で奨励していくべきでしょう。


 
公園や自然保護区は生物多様性の保全に非常に重要です。このほど南アフリカのダーバンで終了した保護地域に関する世界会議(World Congress on
Protected Areas)で行われた討論は、保護地域の更なる拡充のための基礎となるものでしょう。また、地球の持続可能性の観点から、世界の富裕国は途上国が世界の生物多様性を保護するのに十分な自然保護区のシステムを確立し維持できるよう支援をすべきです。国際NGOが、世界中の保全活動へますます参画するようになってきていることも、この分野における心強い展開です。


 先ほど述べましたように、世界中で起きている外部から侵入する動植物種の驚くほどに急速な広がりは、生物多様性に対する重大な脅威となっており、この脅威はますます大きくなってきました。この問題は、生物多様性の存続に関して大きな重要性を持つ要因として次第に認識されつつあります。米国では、外来侵入種の影響に関連する支出と損失は毎年1,400億ドルにのぼると見積もられています。地域全体の外来侵入種に効果的に対処するために、この分野の情報をまとめ行動計画を策定することが急務となっています。これは、農地や放牧地における費用のかさむ駆除対策を避けるだけでなく、在来の生物多様性を保護するためでもあります。


 
実験施設内での保護―自然の生息域から離れて動植物の群集を維持すること―は、生物多様性の保全に関する、もう一つの重要な要素です。この保護の優先対象となるのは、人間の介入なしには自然の状態で生存する可能性が低い種であり、これらの種は条件が整えば野生に再び戻されるように注意が払われます。また、近縁種のない分類群や、生態学的・経済的な重要性を持っていると確認あるいは推測される種も優先されます。生物多様性条約 (CBD)は、地球上の生物の多様性を保全するための国際的な条約で、その対象とする範囲と活動は、緊急感を持ってさらに進展させ広く実施されなければなりません。


 CBDに関して、国連環境計画の地球植物保全戦略(Global Plant Conservation Strategy (GPCS))の策定は、最も歓迎すべきものであり、これを支援すべきです。GPCSは、世界規模のインベントリー、国家レベルで行う現場および実験施設での植物保護戦略の実施、一般市民を対象とした人間および他の生物に対する植物の価値についての教育を行う取り組みの強化に関する規定を述べています。これらの取り組みは、まだ初期の段階ですが、できるかぎり継続し向上を図っていくべきです。また、このような取り組みは、地球規模の保全活動全般の価値あるモデルとなるでしょう。


結びの言葉

しかし、生物多様性の保全は他の環境問題の動向への対応と切り離して行うことはできません。それは持続可能な世界の模索の一環としてのみ可能となります。もし進歩という名のもとにあらゆるものが消費されるなら、最終的にはこれ以上の進歩がなくなってしまうでしょう。これまで述べてきたような環境への圧力によって、世界の生態系は不安定となり多様性も失われて、また将来の希望も薄くなってきました。しかし、私たちがどう進んでいくのか、また持続可能性の実現にいつ本腰を入れるのかを決定するのは私たち自身です。1950年に起こった環境問題の動向がいつまでも続くこの状態を、私たちは断じて許してはなりません。ニューヨークの著名な保護論者、ジョージ・シャラー(George Schaller)が言ったように、「我々は決して新世紀を前世紀と同じようにしてしまってはいけない」のです。


 
さて、生物多様性の持続可能な利用と保全に十分な注意を向けることも含め、地球の持続可能性を達成するために、多くの重要な分野での取り組みが必要になります。その中でもエネルギー分野は特に重要です。その理由として、従来のエネルギー源の消耗が急速に進んでいることと、これに関連する公害があげられます。発展途上国で特に深刻な問題となっている公害は、人々の健康、とりわけ子どもの健康を冒しており、今後も十分な対策を講じて行く必要があります。また、石炭、石油、および天然ガスの燃焼によるエネルギーの生成は、二酸化炭素を排出することで地球温暖化の問題をさらに悪化させていて、地球の安定性を大きく脅かしています。これらの問題にかんがみ、経済の拡大に対応するために増大するエネルギー需要を公害の出ない方法で満たすことがますます求められています。これは、積極的な中間措置として可能な限り石炭の代わりに天然ガスを用い、水力発電所、ソーラーパネル、風力エネルギープロジェクトなど、よりクリーンな代替エネルギーを利用することで可能となります。さらに、世界中で自動車の数が急速な増加を続けるに従い、その影響を考慮し監視していく必要があります。また個人の移動のための効果的な代替手段も考案していくべきです。これには将来、明らかに都市開発や人々のワーキングスタイルにもかかわってきます。低公害の交通機関の開発に向けた試験的な取り組みは高く評価し、増やしていくべきです。世界中の誰もがこのような分野に利害関係を持っています。例えば中国も、このような問題に対して従来の方法よりむしろ創意に富んだ対処法を追求することで、多くの潜在的利益が得られるのです。


 農業と放牧は、全世界の中の持続可能性に甚大な影響を与えています。ですから、現在の耕作地で高い生産性を達成できるように農耕法を改善すれば、同様に多くの未耕作の土地が、保全のために利用できるようになります。自然草原の放牧のほとんどは持続不可能であり、耕作した牧草地を利用した他の方法にできる限り切り替えていくことが必要です。他の問題としては、迫り来る水の不足のため、精密農法など、現代の遺伝子技術や培養方法の応用が、今後の食糧生産の不可欠な要素になっています。これは特に、近い将来に水の供給が国家間の軋轢の大きな原因となっていく可能性があるからです。水は基本的な人権の一つと考える必要があり、その持続可能な供給は慎重に確保しなければなりません。また、世界中の農地に使用されている膨大な量の化学肥料や農薬も深刻な問題の原因となっています。このため、土壌肥沃度の低下や土壌構造の崩壊がさらに補えなくなってきました。このような環境被害を回避し穀物の栄養価を高めることを目的とした穀物の遺伝子組み換えは、今後の農業において明らかに重要な要素となってくるでしょう。そして、特に開発途上国で大きく広がっている浸食も抑えていかねばなりません。

 
 持続可能性の達成が、世界の生物多様性を少しでも高く維持していくために必要であるように、生物多様性の賢明な利用と維持は、私たちが将来持続可能な世界を築くための最も重要な鍵となります。どこに住んでいようと何を信じていようと、人と人の間の尊敬の気持ちを育てていくことは、一人一人が自分自身の可能性を最大限に発揮する機会を持つことのできる、持続可能な世界の要素となるのです。そのような世界は平和かつ健全で、いたるところで持続可能性の発展と人間の安寧の機会を提供するでしょう。そのような世界は、まったく新しい考え方によってのみもたらされるでしょう。その考え方は、私たちの狩猟時代の祖先の社会習慣や成功した戦術をはるかに超えたものであり、私たちの子孫に、数千年におよぶ努力の結果人間が築いてきた文明を尊重し発展させるよう導くでしょう。


 EXPO’90大阪・花と緑の博覧会とコスモス国際賞の精神に則って、持続可能な世界を築いていくために、私たちは互いの尊重に基づいて、一人一人ができることを行っていくこと、そして共通の利益のために個人や国家の野心を捨て去ることを共に誓いましょう。そうすることによってのみ、私たちは、最も高く価値ある望みである本当の安心と平和を勝ち取ることができるのです。ガンジーは「世界は万民の必要を満たすには十分だが、万人の貪欲を満たすには十分ではない」と言いました。各個人の運命が私たち全員にとっての大きな関心となるような相互に関連しあう世界の市民としての役割を受け入れるなら、私たちは、人口を制限し、持続可能なレベルの消費を受け入れ、将来私たちが共に築くべき持続可能な世界に平和的に進んでいくために必要な新しい技術を開発する道を見つけることができるでしょう。

 

 
    講演会テキスト(日本語) ファイル(574KB)
             (原文は英語サイトにあります)



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